1975年、過去4年間ゼニスを所有していた米国企業ゼニス・ラジオ社が、クォーツ時計の台頭より機械式時計の製造中止し、クォーツ時計の生産に集中することを決断。オーナーはすべての装置やキャリバー、工具の破棄を命じた。一人の時計職人はアメリカ本社を説き伏せようと試みるも、その絶対的な決定を覆すことは出来なかった。
 シャルルベルモにとって自分の働くゼニスの製造施設が永遠に失われるという事実は耐え難い物、彼は自らの立場を危険にさらしながらも、重要な工具と部品を倉庫や屋根裏に隠しはじめた。カム、切削工具、金型、機器にラベルをつけ分類、保管すると同時に、全製造行程をノートに書き記した。いつか再び機械式ムーブメントに光がさした時、エル・プリメロが復活することを信じて。
 それから9年後、奇跡は起こった。撤去された設備一式が再び元通りに設置されエルプリメロ再製造の日を迎える、そして現在に至る。1980年代初期、プレス機1台だけでも4万スイスフラン以上し、エルプレメロ1個製造するのに150台のプレス機が必要つまりプレス機だけで約700万スイスフランが必要だった計算になる。その後、エルプリメロは、ロレックス(ロレックス社初の自動巻クロノグラフ、ディトナ)を始め数々の有名ブランドがゼニスにムーブメントを発注しました。時計職人シャルルベルモの行動がエル・プリメロ、ゼニス社を救ったとも言える。
 そして2000年以降LVMHグループ加入後は、他社へのキャリバー供給は無くなり、自社の為の製造が中心になる。